
改めまして、代表の
広瀬 空です
私自身、小学校から大学までGK一筋でプレーしてきましたが、一度もGKコーチから専門的な指導を受けることができないまま、現役生活を終えました。
それにも関わらず、ミスをすればチームメイトや指導者から責められ、試合に負ければGKの責任にされる。
悔しく、苦しい思いを何度も経験してきました。
そして残念ながら、当時から時が経った今でも、GKを取り巻く環境は大きく変わっていないと感じています。
私が指導者の道へ進んだのも、そんな現状を少しでも変えたいと思ったからです。
経験者はもちろん、初心者の選手も安心して学べる場所をつくりたい。
GKというポジションをもっと好きになれる環境を届けたい。
そんな想いから、2020年にこのスクールを立ち上げました。
広瀬空の物語逃げなかったから
今がある
CHAPTER
01
希望はあった。でも、叶えるための環境がなかった。
小学生から高校まで、私が所属していたチームにGK専門の指導者はいませんでした。
それでも「いつか高校サッカー選手権で、スタジアムのピッチに立つ」という未来を信じて、練習に打ち
込んでいました。しかし実際は実力が伴わず、理想と現実の間でずっと苦しんでいた。
希望はある。でも、それを現実に変える環境がない。
インターネットで調べても情報は少なく、当時はGKスクールもまだない時代。情報にも環境にも飢えてい
た。その苦しさを、私は知っています。
CHAPTER
02
報われなかった経験が、このスクールを生んだ。
高校3年生のとき、私はサッカー部の主将でありながら、後輩にポジションを奪われました。
家族全員が観に来てくれた公式戦の日。メンバー発表でベンチと宣告された瞬間、頭が真っ白になったのを今でも鮮明に覚えている。
悔しかった。それでも、逃げなかった。
インターハイからスタメンに復帰し、最後の選手権ではゴールを守らせてもらった。それでもスタジアムには届かず、夢は儚く散った。
そして高校最後の試合が終わった日、父親が言いました。「俺はお前の高校サッカーに、すごく楽しませてもらったよ」と。
理不尽な状況から逃げなかったあの3年間が、「キーパーやっててよかった」という言葉に変わった瞬間でした。
今振り返ると、あの経験がなければこのスクールは生まれていなかった。環境に恵まれなかったからこそ生まれた物語があり、その物語に共感してくれた選手やご家族が、今ここに来てくれています。
CHAPTER
03
たとえサッカーが終わっても、誇れる自分でいられるように。
試合中、親も指導者も、ゴールの横にはいてあげられません。観客席から、ベンチから、遠くで見守ることしかできない。だからこそ、自立させたい。
簡単に答えを渡したり、何でもかんでも大人が手を貸してあげるのは、親切なようで時に不親切です。自分で考え、自分で決断できる人間に育てることが、私たちの役割だと思っています。
でも、自分だけのために戦う人間は、本当にチームが助けてほしい場面で裏切る可能性があると私は思っています。
人は、自分のためだけでは大変な方を選べない。自分以外の何か——仲間の想い、支えてくれる家族の希望、監督・コーチの厳しさの裏にある背景——そういう目に見えないものに気づいた時、初めて大変な選択が取れるようになる。
顔にボールが当たるかもしれない。接触するかもしれない。それでも身体を投げ出せるのは、誰かのために、という感情があるからだ。
だからこそ、人間力を育てる。
たとえサッカーが終わっても、誇れる自分でいてほしい。それが、このスクールに込めた願いです。




















































